2007.03.13
捨てても良いと思った時
久しぶりの言葉の言霊の時間。
引用:幸せのホームページby本多時生さん
しあわせ日記の「捨てても良いと思った時」
『ドロシーおばさんの大事なことに気づく』(加藤諦三)、
「第3章 捨ててもいいと思ったとき、大事なことに気づく」より、
他人に自分をよく見せようとする気持ちを捨てれば、「大事なこと」がわかってきます。何よりもまず「実際の自分」がわかってきます。そして他人の気持ちもわかってきます。
その結果、他人との関係がうまくいきます。親しい友人もできてきます。孤独から逃れることもできます。
不幸になるのは/幸せになれないのは、何か(欲や望みなど)を捨てられないからかもしれません。
人に良く思われたい、人に悪く思われたくない、人に嫌われたくない、失敗したくない、人に負けたくない、恥ずかしい思いをしたくない、いつも正しくありたい、いい人(いい子/いい親/いい妻・夫など)でいたい、・・・のような心の中の(隠れた)思い。
もし、「人になんと思われてもいい」「失敗してもいい」「いい人にならなくてもいい」などと考えることができれば、ラクになれたり、勇気を出して行動できたりするのではないでしょうか。
その結果として、不幸な気もちになることが減り、幸せになれることが増えるでしょう。
「よくありたい」という思いは、悪いことではありません。むしろ、いいことでしょう。完全に捨てなくもいいと思います。
○○は いいこと ○○すぎるのは ・・・
問題なのは“求めすぎ”だと思います。
「ここまでやったのだから、これ以上は無理しなくていい。どうなってもいい(しかたがない)」のような一歩引く考え方ができたらいいのではないでしょうか。
不幸な気もちになったとき、幸せになれないと思ったときに、「何かにとらわれていないだろうか?」「求めすぎかもしれない」などと考えれば、気づけることがあるのではないでしょうか。
そのことを(一時的に)捨てること、求めすぎないことを考えることができれば、自分を助けられることもあるでしょう。
苦しいとき、つらいとき、不幸なときに、自分を助けようとできる自分になれたら、と思います。
自分の心の幸せのためには、捨てたほうがいいこと・時があるのではないでしょうか
今の私の心の中をそのまま言っているような気持ちになった。
人から悪く自分の事を捕らえられるのは嫌だとか、
また結婚の話になるけど指摘されて私の意見を言ったら、むしろ私が
白い目で見られて周りからもどんどん責められて追い込まれていく自分を想像していました。
実際に今もそうです。でも何故こんなに人と付き合う事に敏感になって
心が締め付けられるほどに怯えてしまうんだろう・・・。
これまでは祖父が居てくれて私が面倒を見ていたという周りに対する私の
こじ付けがあったのだろうか・・・?
でも結局周りに何と言われようと結婚するのは私自身だから、
したくないなら断れば良いだけのこんな簡単な話なのに、周りの態度が怖くて
自分の意見も言えないでいる私。
今の私には、人にどう思われても良いやという開き直りが必要なんだと
読んでいて痛感した。
周りが何と言おうと、自分が選択をして自分しかこの人生は生きられないのだから
周りの意見を重視しすぎている私も私で、もっと自分の事を信じないといけない。
自分の事を信じていないから、人が指摘した意見にひるんで、自分が最も悪いようになってしまうんだよね。
周りが私の考えは間違っていると思っていても自分が正解だと思っているのであればそれは正解なんだと思う。
そのかわり、責任は自分自身にある。もっと強くなりたい。
引用:幸せのホームページby本多時生さん
しあわせ日記の「捨てても良いと思った時」
『ドロシーおばさんの大事なことに気づく』(加藤諦三)、
「第3章 捨ててもいいと思ったとき、大事なことに気づく」より、
他人に自分をよく見せようとする気持ちを捨てれば、「大事なこと」がわかってきます。何よりもまず「実際の自分」がわかってきます。そして他人の気持ちもわかってきます。
その結果、他人との関係がうまくいきます。親しい友人もできてきます。孤独から逃れることもできます。
不幸になるのは/幸せになれないのは、何か(欲や望みなど)を捨てられないからかもしれません。
人に良く思われたい、人に悪く思われたくない、人に嫌われたくない、失敗したくない、人に負けたくない、恥ずかしい思いをしたくない、いつも正しくありたい、いい人(いい子/いい親/いい妻・夫など)でいたい、・・・のような心の中の(隠れた)思い。
もし、「人になんと思われてもいい」「失敗してもいい」「いい人にならなくてもいい」などと考えることができれば、ラクになれたり、勇気を出して行動できたりするのではないでしょうか。
その結果として、不幸な気もちになることが減り、幸せになれることが増えるでしょう。
「よくありたい」という思いは、悪いことではありません。むしろ、いいことでしょう。完全に捨てなくもいいと思います。
○○は いいこと ○○すぎるのは ・・・
問題なのは“求めすぎ”だと思います。
「ここまでやったのだから、これ以上は無理しなくていい。どうなってもいい(しかたがない)」のような一歩引く考え方ができたらいいのではないでしょうか。
不幸な気もちになったとき、幸せになれないと思ったときに、「何かにとらわれていないだろうか?」「求めすぎかもしれない」などと考えれば、気づけることがあるのではないでしょうか。
そのことを(一時的に)捨てること、求めすぎないことを考えることができれば、自分を助けられることもあるでしょう。
苦しいとき、つらいとき、不幸なときに、自分を助けようとできる自分になれたら、と思います。
自分の心の幸せのためには、捨てたほうがいいこと・時があるのではないでしょうか
今の私の心の中をそのまま言っているような気持ちになった。
人から悪く自分の事を捕らえられるのは嫌だとか、
また結婚の話になるけど指摘されて私の意見を言ったら、むしろ私が
白い目で見られて周りからもどんどん責められて追い込まれていく自分を想像していました。
実際に今もそうです。でも何故こんなに人と付き合う事に敏感になって
心が締め付けられるほどに怯えてしまうんだろう・・・。
これまでは祖父が居てくれて私が面倒を見ていたという周りに対する私の
こじ付けがあったのだろうか・・・?
でも結局周りに何と言われようと結婚するのは私自身だから、
したくないなら断れば良いだけのこんな簡単な話なのに、周りの態度が怖くて
自分の意見も言えないでいる私。
今の私には、人にどう思われても良いやという開き直りが必要なんだと
読んでいて痛感した。
周りが何と言おうと、自分が選択をして自分しかこの人生は生きられないのだから
周りの意見を重視しすぎている私も私で、もっと自分の事を信じないといけない。
自分の事を信じていないから、人が指摘した意見にひるんで、自分が最も悪いようになってしまうんだよね。
周りが私の考えは間違っていると思っていても自分が正解だと思っているのであればそれは正解なんだと思う。
そのかわり、責任は自分自身にある。もっと強くなりたい。
